松岡修造の長女、松岡恵さんが宝塚音楽学校に合格した秘密!?

松岡めぐみ

熱血漢でおなじみの松岡修造さん(49歳)の長女松岡恵さん(17歳)が、約26倍の難関を突破して宝塚音楽学校に合格しました。

受験に失敗して再受験合格のようですが、そこには何か秘密がありそうですね。。。

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華麗なる一族、THE 松岡家。

松岡修造さんと言えば、日めくりカレンダー「毎日修造!」が大きな話題になりましたよね。

彼のポジティブな考え方を、うまく商品化したと感心しています。

企画側の見事な勝利です(笑)

そんな松岡修造さんの曽祖父は、宝塚歌劇の創始者なんですよね。

さらに、松岡修造さんの母親は、宝塚歌劇の元星組男役スターですよ。

松岡家は宝塚歌劇の流れを受け継いだ由緒ある血統なのです。

そして、松岡修造さんの娘である恵さんが宝塚音楽学校に合格しました。

おめでたい話ですよね。

ちなみに、松岡修造さんの妻は、元テレビ東京のアナウンサーで、ハーバード大学大学院を卒業しています。

さらにさらに、松岡修造さんの兄は東宝東和の会長です。

松岡家はとんでもない華麗なる一族だったのです。

僕は、全く知りませんでしたね。

皆さんもご存知なかったのではないでしょうか?

格式の高い一族は、その人生まで運命づけられてしまうことがありますよね。

一方で、この「華麗なる一族」と娘さんの合格に、何やら裏のニオイがプンプンとしてきませんか?

僕には、ちょっとだけ裏のニオイを感じ取ってしまっています。

多くの人が、そう感じるのではないでしょうか。

そう、今流行の「忖度」です。

僕の推測ですけどね。

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実は苦労人、松岡修造。

松岡恵さんは、中学生の頃に宝塚歌劇の当時の花組トップスターのDVDを観て、宝塚歌劇を目指すことを決意します。

父親の松岡修造さんに想いを伝えたところ、こう言われたようです。

目指すなら中途半端にやるな。本気で取組んで合格を目指せ。

いいお父さんですね~。

子供の意見を真正面から受け止めて、激励してくれるのですから。

親から自分の夢や意見を否定されると、ひねくれてしまいますよね。

そして松岡恵さんは、舞踊、演劇、声楽などのレッスンを受けるようになったのです。

では、松岡修造さん自身はどうだったのでしょうか?

松岡修造さんは、慶應義塾幼稚舎、慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校へと進学します。

さすが、「華麗なる一族」です。

お坊ちゃまコースの王道ですね。

しかし、彼はお坊ちゃま王道コースに安住せず、プロのテニスプレイヤーを目指すため、柳川高等学校に編入します。

敢えてイバラの道を選択するわけですね。

その後、念願かなってプロになりますが、資金援助は一切なく、金銭面で激烈な苦労を負うことになります。

プロの試合は海外で行われることが多いですよね。

お金がなくて、ホテルの朝食に出たパンを、隣のテーブルから盗んで食べたこともあるようです。

当然、世界ランキングが下の方であるため、宿泊するホテルは格安ですよ。

友人とシェアして松岡修造さんは床に寝ていたそうです。

さらに苦労は続きます。

1989年に痛めた膝の手術を行い、1990年には足首の靭帯3本が全て断絶する大怪我をして、選手生命の危険に晒されたのです。

もうね、「こんなにまで苦労が次々と襲ってくるのか!」ってくらいの苦労ですよね。

普通の人だったら、途中でテニスを諦めます。

はい、僕だったら、とっくに諦めてますよ(笑)。

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諦めたら、そこで人生の試合終了。

松岡修造さんは数々の苦労を経験しますが、諦めませんでした。

努力を継続し、ついに1995年、ウインブルドンのベスト8まで勝ち進めるのです。

実に、日本男子テニスで62年ぶりの快挙でした。

諦めることなく、真摯に自分に向き合って精進すれば、いつか花開くことを学んだ気がします。

もちろん、努力すれば全ての夢が叶うということはありません。

しかし、強い信念を持って努力しなければ夢は叶いませんよね。

漫画スラムダンクの監督も言ってますよね。

諦めたらそこで試合終了ですよ。

この言葉って、心に強く響きますね~。

ちなみに、松岡修造さんの自己最高世界ランキングは46位でした。

錦織圭さん(27歳)の現在の世界ランキングが、いかに凄いか比較対象になりますね。

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熱血な理由は、ココにある!

松岡修造さんは、苦労に苦労を重ねて、日本男子テニスプレイヤーの第一人者になりました。

錦織圭さんが注目される前は、日本男子テニスプレイヤーと言えば、松岡修造さんでしたもんね。

何度も心が折れ、テニスを辞めようと思いましたが、多くの人が松岡修造さんを応援し、そのたびに勇気づけられ、希望をもらい、自分を鼓舞してきました。

周りの応援なくして、テニスプレイヤー「松岡修造」は存在しないと考えていたのです。

だからこそ、1998年のテニスプレイヤー引退後、頑張っている人を熱血漢で応援するのです。

自分が応援を受けた経験があるからこその熱血漢なのです。

面白おかしいことを狙って応援しているわけではないのです。

この松岡修造さんの考え方に、僕は心打たれます。

是非とも見習いたいと思いますね。

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やっぱり親子、娘も苦労してます。

松岡恵さんは、松岡家の宝塚歌劇との深い繋がりのため、妙な憶測が流れました。

当然、本人の努力、実力で合格したのでしょう。

僕が推測した「忖度」は何もなかったのでしょう。

松岡恵さんは、「松岡家」というだけで人生の入り口から既に苦労しているように僕には感じるのです。

今後は、今までとは比較にならないほどの多くの失敗、苦労を経験すると思います。

人生には必ず付き纏ってきますからね。

しかし、松岡修造さんの血を受け継いでいます。

数々の苦難を乗り越えて、立派な宝塚歌劇のトップスターになる道程を見守りたいですね。

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